大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成8年(ヨ)250号 決定

債権者 国

代理人 山田知司 比佐和枝 小尾仁 柳井康夫 古川敝 佐久間光男 田辺俊一 ほか一二名

債務者 張富夫

主文

一  債務者は、債権者に対し、別紙物件目録五記載の建物を収去して、同目録一ないし四記載の各土地を仮に明け渡せ。

二  債務者がこの決定送達の日から七日以内に右建物を収去して右各土地を明け渡さないときは、

1  債権者は、千葉地方裁判所木更津支部執行官に、債務者の費用で右建物を収去させることができる。

2  債務者は、右建物の収去費用として、債権者に対し、あらかじめ金三一六七万一四七〇円を支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨及び理由

本件申立ての趣旨及び理由は、申立ての趣旨に代替執行費用支払いの申立てを付け加えるほか、別紙「不動産仮処分命令申請書」の申請の趣旨欄及び申請の理由欄記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利及び保全の高度の必要性について

本件の被保全権利及び仮の地位を定める仮処分に要求される保全の高度の必要性については、疎甲号各証により、疎明があるものと認める。

二  債務者審尋期日を指定しなかったことについて

1  次の(一)及び(二)の各事実は、当裁判所に顕著である。

(一) 債権者は、本件に先立ち、本件債務者、中村興業株式会社ほか一名を債務者として別紙物件目録五記載の建物(以下「本件建物」という。)について処分禁止の仮処分及び占有移転禁止の仮処分を申し立て(当庁平成七年ョ第四八六号事件)、申立てのとおり仮処分決定がなされた。右決定正本は中村興業株式会社には送達されたが、債務者に対しては、平成七年一二月二五日以降数度にわたり特別送達及び執行官送達が試みられたものの、いずれも不在のため不奏効に終わった。しかし、債務者の外国人登録上の住所は「千葉県木更津市○○○」とされているところ、これが変更された形跡は窺われないし、右仮処分決定正本の送達のため訪れた執行官に対し、送達場所である右住所地の建物の階下にある中村興業株式会社の従業員が、「債務者は海外旅行中である」あるいは「東京の別宅に出向いている」旨の陳述をし、債務者が右住所地に居住していることを否定していない(なお、債務者は、中村興業株式会社の役員には就任していないが、右会社を含む「中村興業グループ」の代表取締役である旨を表示した名刺を使用している。)ことなどから、平成八年四月一日、民事保全法第七条、民事訴訟法第一七二条により、書留郵便に付する送達が行われた。

(二) また、債権者は、右仮処分命令の申し立てと同時に、本件債務者を債務者として本件と同趣旨の処分(代替執行費用支払いを除く。)を内容とする建物収去土地明渡仮処分命令を申し立てた(当庁平成七年ョ第四八五号事件)。右事件については、当事者双方の審尋期日が平成八年一月一八日午後一時三〇分と定められたものの、債務者に対する審尋期日の呼出状、答弁書催告状、申立書副本及び疎明資料の写し等の送達が前記仮処分決定正本と同様の経過により不奏効に終わったため、期日変更、延期を余儀なくされ、同年三月一九日午後二時の審尋期日呼出状等の送達については、同月五日書留郵便に付する送達が行われた。そして、同月一九日の債務者不出頭の審尋期日において、債権者は本決定主文第二項第1項に当たる部分(いわゆる授権決定)の申立てを取り下げ、同月二八日本決定主文第一項に当たる部分につき仮処分決定がなされ、債務者に対する右決定正本の特別送達も不奏効に終わったため、右決定正本についても、同年四月一八日書留郵便に付する送達が行われた(なお、右仮処分決定は執行に至らず、同年六月四日仮処分命令申立てが取り下げられた。)。

2  また、疎甲号各証によれば、債権者は、平成四年六月ころ以降、債務者との間で別紙物件目録一ないし四の土地明渡しの交渉を重ねてきたが、債務者は、任意の明渡しに応じないばかりか、平成七年一一月六日の話し合いの席では、書類を受け取らないことで時間稼ぎをする趣旨の発言をし、同月八日には、建設省関東地方建設局千葉国道工事事務所長が発した同月七日付け明渡催告書の受領を拒否していること、平成八年三月一二日には、債務者の代理人と称する内藤某が、債権者の担当者に対し、裁判には出席しないし裁判所からの書類は一切受け取らない旨公言していること等の各事実が認められる(〈証拠略〉)。

3  右の事実関係によると、債務者が、裁判所からの書類の受領を拒絶して手続の進行を遅延させる意図を有していることは明らかである。そして、前記1(二)のとおり、本件と同趣旨の処分(代替執行費用支払いを除く。)を内容とする仮処分命令申立ての審理に関し、債務者に審尋期日への出頭と防御の機会が十分に与えられたことを考慮すれば、本件申立ての内容について債務者が意見を述べる機会は既にあったものと認めるのが相当である。したがって、本件申立てについて債務者審尋期日を指定することはしない。

三  代替執行費用支払いについて

債権者は、平成八年六月五日付け申立書により、本件建物収去等の代替執行費用支払いの申立てをなしているところ、右費用支払いは本決定主文第一項及び第二項第1項所定の仮処分命令の申立ての目的を達するために必要な処分と認めることができる。そして、債権者提出の見積書等から右費用を算定するに、金三一六七万一四七〇円を認めるのが相当である。

四  結論

以上によれば、本件申立ては理由があるので、債権者に金二三〇〇万円の担保(千葉地方法務局平成八年度金第五七六号)を立てさせて、これを認容し、申立費用については民事保全法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 魚住庸夫 辻次郎 佐藤晋一郎)

当事者目録〈略〉

別紙

物件目録

一 所在 千葉県木更津市高柳字初崎

地番   五二八六番の二

地目   堤防敷

地積   一四五平方メートル

の内七七・三五平方メートル

(ただし、別紙実測図〈略〉のうちP一三・P一二・H九・C一・C四五―一・C四三―一・C五・C六・P一三の各点を順次直線で結んだ範囲の土地)

二 所在 千葉県木更津市高柳字初崎五二八六番の二地先

地目   河川敷地

地積   三三平方メートル

(ただし、別紙実測図〈略〉のうちP一二・C三八・C三七・C三六・C四五―一・C一・H九・P一二の各点を順次直線で結んだ範囲の土地)

三 所在 千葉県木更津市高柳字初崎

地番   五二八六番の三

地目   河川敷地

地積   一七三平方メートル

(ただし、別紙実測図〈略〉のうちP一四・P一三・C六・C五・H八・H七・P一四の各点を順次直線で結んだ範囲で、実測面積二三二・八四平方メートルの土地)

四 所在 同所

地番   五二八六番五

地目   河川敷地

地積   七七平方メートル

の内一〇・九九平方メートル

(ただし、別紙実測図〈略〉のうちH八・C五・C四三―一・C四二―一・H八の各点を順次直線で結んだ範囲の土地)

五 所在 同所五二八六番地二・五二八六番地三

家屋番号 五二八六番三

種類   居宅・車庫

構造   木造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建

床面積  一階 一〇五・五一平方メートル

二階 四一・一七平方メートル

不動産仮処分命令申請書

申請の趣旨

債務者は、債権者に対し、別紙物件目録五記載の建物を直ちに収去し、同物件目録一ないし四記載の土地を仮に明け渡せ。

債務者が、この決定送達の日から七日以内に、右期間内に右建物を収去しないときは、債権者は、千葉地方裁判所木更津支部執行官に、債務者の費用で収去させることができる。

との裁判を求める。

申請の理由

一 被保全権利

1 債権者は、別紙物件目録一ないし四記載の土地(以下「本件土地」という。)を大正年代から国有地として、所有している(〈証拠略〉)。

2 債務者は、本件土地につき、何ら占有すべき正当の権限を有しないのにもかかわらず、本件土地に別紙物件目録五記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、本件土地を不法に占有している(〈証拠略〉)。

3 ところで、債務者は、昭和五八年四月二〇日に本件土地に隣接する土地の境界について、千葉県君津土木事務所長に境界同意書を提出しており、別紙物件目録二記載の土地を国有地と認めている(〈証拠略〉)。

その後、債権者は、本件土地が東京湾横断道路連絡道(一般国道四〇九号)の建設用地に決定されたことから、平成四年六月三〇日から本件土地の明渡しを求めてきたが、債務者は明渡しに応じようとしない(〈証拠略〉)。

4 このため、債権者は、平成七年一一月六日債務者に対し、口頭で、明渡しに応じられない場合は法的措置を取ることを通告するとともに、同月七日付で明渡催告書を送付した(〈証拠略〉)。

5 しかし、明渡催告書は平成七年一一月八日に債務者に到達したものの受領を拒否され、平成七年一一月一三日に債権者に送り返されたばかりでなく、現時点においても、本件建物を収去せず、本件土地を占有し明け渡す様子がない(〈証拠略〉)。

なお、債権者は、平成七年一二月一日、御庁に本件建物を収去し、本件土地を仮に明け渡すことを求める不動産仮処分命令を申請し(御庁平成七年(ヨ)第四八五号)、御庁より同事件の審尋期日呼出状、答弁書催告状、仮処分命令申請書副本及び疎明資料の写しを債務者に特別送達していただいたところであるが、それらは、七日間の留置期間後返送され、また、三回行われた審尋期日においては、いずれも欠席している(〈証拠略〉)。

その上、債務者の代理人と称する内藤某は、裁判には出席しないし、裁判所からの書類は一切受け取らない旨明言しており(〈証拠略〉)、債務者自らが、本件建物を収去し、本件土地を明け渡す意思がないことが明らかである。

二 保全の必要性

1 債権者は、債務者に対し、本件土地の所有権に基づき、本件建物の収去及び本件土地の明渡しを請求する訴訟を平成八年三月二七日、御庁に提起し(御庁平成八年(ワ)第五八四号)、第一回口頭弁論期日が同年六月一八日に指定されているが、相変わらず送達を阻止するべく、受領を拒絶している。

2 東京湾横断道路連絡道(一般国道四〇九号)は、木更津市と川崎市を結ぶ東京湾横断道路と、千葉市から木更津市を結ぶ東関東自動車道館山線を連絡し、東京湾岸道路、一般国道一六号等の幹線道路と一体となった広域的な道路網を形成することを目指し、また、首都圏内陸部の交通混雑を解消し、地域の整備促進に寄与することを目的としている全長七・一キロメートル、標準幅員五〇メートル(専用部二四・四メートル、一般部二四・五メートル)の道路であり、千葉県民及び木更津市・袖ヶ浦市民が久しく、早期供用を待望している公益上重要な幹線道路であり、投入公共資金は一六〇〇億円以上である(〈証拠略〉)。

3 東京湾横断道路連絡道は、平成元年より用地買収を開始し平成三年より工事着手しており、債務者の不法占有している本件土地以外は現在までに、専用部については一〇〇パーセントの用地買収が完了し、一般部についても九九パーセントの用地買収が完了している。しかしながら、前記のとおり、債務者は、何ら占有すべき正当の権限を有しないのにもかかわらず、債権者による本件土地の明渡要求に応じようとせず、占有しつづけている。

4 本件土地は、二級河川小櫃川に接することから、道路構造を橋梁高架形式としており、その構造性(五径間連続鋼箱桁橋)により、前後約三三〇メートルにわたり橋梁架設工事の完成時期が特定できず、床板工事等橋梁架設工事に後続する工事が着手できない状況にある。一方、東京湾横断道路連絡道が連絡する東関東自動車道館山線は、すでに平成七年七月に全線が供用しており、東京湾横断道路も平成九年度の供用予定となっていることから、東京湾横断道路連絡道もそれに合わせた供用が必要となっている。

5 しかし、そのためには、残工事の工期とともに床板・塗装工事、道路管理附帯施設・整備の配置及び試験・調整期間等の工期も必要となり、これらを考慮すると最低一七ヶ月以上は要すると考えられ、遅くとも本件土地に関係する部分の工事を平成八年八月には開始せざるを得ない極めて切迫した状況にある。

もし仮に、本件土地に関する部分の工事が遅れ、供用開始が一月遅れると本件道路だけでも約五億円の損失が見込まれるのであり、また、東京湾横断道路全体では、その数十倍もの損失が見込まれるのであって、債権者の損害は極めて甚大である(〈証拠略〉)。

このようなことから、本件土地の工事を早急に着手する必要があり、東京湾横断道路連絡道の社会的背景・道路の担う役割を考えると、供用が遅れることによる共・公益等、社会利益の損失は、計り知れないものがある(〈証拠略〉)。

6 よって、このままの状況を続けると本件土地にかかわる工事の着手ができず、少なくとも平成八年八月に工事を開始しないと、平成九年度中の東京湾横断道路連絡道の供用が困難になる(〈証拠略〉)とともに東京湾横断道路の供用もそれにより遅れることから、本件土地の所有権に基づき、本申請に及んだものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例